不器用なライオン2






教団へあの人が戻ってきたらまず、お帰り、と言おうと考えていた。

研究データも纏め終わり、検証も終え、手持ちぶさたに論文なんて読んでいて、もう月曜日。

未だ帰ってくる兆しもない人間を待つのは精神的に、結構クる。

目の前には実験まちの課題が山積し、実験されるのを今か今かと待ちかまえていて、その誘惑に負けない様に必死になって論文、それに飽きたら文献を読みあさる。

こんなに我慢しているのに、ちっとも帰ってこない、なんて理不尽な怒りを覚えたりしてもう本当に実験してしまおうかな、と考えてーーー堂々巡り。



「あー、飽きた・・・」


ついに文献漁りにも飽きて、周りを囲んだ本たちを崩さないよう、座っていたソファの背もたれから横にずれて、寝転がる。

視界が変わって、そういえば報告書書いたけど結局出してないや、と実験用デスクに置かれた白い紙の束を見つめた。

気分転換に、直接報告書を出しに行こう。



「変な顔するかな、室長。」


長らく顔を見ていないコムイ室長を思い浮かべて気分が明るくなる。

地下に籠もってばかりだからイライラするんだ、食事以外に外に出ないのもあまりよくないな、と自分の日頃の生活を思い返して反省した。

寝転んでいた体勢から体を起こして、実験用デスクまで報告書を取りに行く。

近づくにつれて実験待ちの案件の束も視界の端に入るが、今は実験よりも外へ出て人と会話することに餓えている。

単調な生活に訪れる刺激が何時まで経ってもないから、人に会いたくなるのだ。



白衣の裾を翻して地下ラボを後にする。

簡易エレベーターに乗り込んで科学班のメインフロアへ階数を指定した。

暫しの浮遊感を味合わされた後、上から来る圧迫感を肩から足の裏まで感じエレベーターは指定した階で動きを止める。

ドアが左右に開いて、久しぶりに見た科学班フロアでは私と同じ様な白衣を着た班員がある者は生き生きと、ある者はくたびれた風に動いていた。

相変わらず、労働環境は改善されていないようだ。


報告書を片手にフロアを横切り、指令室へ向かう間も、誰かがやっている実験をチェックすることを怠らない。

研究は一人でした方が気楽でいいが、人数が多いほど大がかりな実験もできる。



「あれ、なんだ、珍しいな下のラボから出てくるなんて。」

「たまにはそういう日もあるよ、リーバー班長。」


興味を引いた研究資料を勝手に盗み見をしだした私の姿に気づいた班長が声をかけてきた。

目の下にある隈の濃さから、大体2日間勤務していることがわかる。

隈消しの化粧品を開発したときに取ったデータのお陰で、人の顔を見ればどのぐらい寝ていないか把握できるようになった。無駄な特技だ。



「ま、そうだろうな。 しかし良いときに上に来たな。」

「何かあった?」

「室長がまた・・・」


疲れた顔をしてそう述べた班長に、それは本当に良いときなのか、と思ったが、これ以上苦労を増やしたら過労と心労でふて寝するかもしれない。

言うのは止めておき、話の続きを聞き出す。


「今度はなんですか。」

「ソカロ元帥のイノセンスを、修復ついでに改造するとか言い出して・・・」

「ほお? いい度胸ですね。」



輝くような笑顔を見せた私に、班長はひきつった顔してやっぱり言わなければよかった、なんて後悔した顔を見せるものだから、わざと笑顔のまま詰め寄ってやった。



「で? ラボですか、それとも指令室?」

「指令室に居るよ。 ソカロ元帥と冷戦中。」


お陰で仕事が進まないったらありゃしねえ、思い出してぐったりした班長に礼を言って、こっそり見ていた研究資料をきちんと元に戻して指令室へと向かう。



既に、臨戦体勢。


鋭く指令室の扉を叩いて入室の許可を求める。室長の珍しく堅い声が返ってきて、部屋の中の惨状を覚悟した。

私がメンテナンスしてるんだから、手を出さなきゃいいのに!沸々とした怒りを感じながら、ゆっくりと扉を開いて部屋の中へ足を踏み入れる。


相変わらず書類が床に散乱している有様をみつつ、目の前のソファーにソカロが、こちらに背を向けて腰掛けているのが目に飛び込んできた。

ああ、珍しいことに、非常に珍しいことに静かに怒りを溜めている。

指令室ぐらい、破壊しちゃってもいいのに。



「コムイ室長。 報告書に判子ください。」

「後で見ておくから、机の上に置いてもらってもいいかな。」

「そうですね。 先に本題に入った方がいいですよね。」



事務的に堅い声で返事をし、部屋の中をゆっくりと進んで、室長が腰を預けている机の、右側に積んである未処理書類の一番上へ重ねた。

順番通りに重ねるなんて親切なこと、しない。


私が部屋へ入ってから一言も発言しないソカロの隣へ、当然とばかりに腰掛ける。

室長、1対2ですよ。 心の中で呟いた。



「班長から聞きましたよ。」

「何をだい?」

「私に一任してくれているのではなかったのですか?」


とぼけた質問には返さず、さっくりと本題に入る。

隣でソカロが、足を組んで退屈そうに欠伸を漏らした。

自分の役目は終わり、とばかりの態度に頭を叩きそうになるが、まだ仮面をかぶっているままなのでやめておく。私の手が持たない。


「そのつもりだったんだけどね・・・
 不公平って意見が出てねー。」

「はっ、はーっはっはっは! そりゃぁ面白れぇ冗談だな、コムイ・・・」

「ソカロ、黙って。」


肩を振るわせるほど笑ったソカロに、嫌な記憶を思い起こされて眉間に皺をよせる。ああ、もう!


「どっちが先に、私のことを避け始めたんでしたっけね?


たかが所属する部署が変わっただけで・・・」


ソカロだけを特別扱いしているわけではない。

元帥たちは、コムイの手が空いていなければ当然の様に私に、イノセンスの修理とメンテナンスを頼む。

ただ、他のエクソシストたちが避けているだけだ。それを、まさか、不公平だなんて言われる日が来るなんて思いも寄らなかった。


「エクソシストから科学班だからね。

 ただの異動とは訳が違うでしょ。」

「わかりました、わかりましたよ。ああ、もう、面倒くさい・・・バチカン勤務にでもなりますね。」


「それは無理」「あ?ふざけてんじゃねえよ。」


なんかもう、色々と放り投げ出してバチカン勤務でもしてやる、と言い出した私を二人掛かりで止められた。

実際、エクソシストを止めるときーー辞めざるを得なかったときに、いつでも来いと誘われているのを知っているからだ。


「おいコムイ。 この話の結論はもうわかってんだろ?」

「もちろん。 でもポーズは必要だからね。」

「最初っから、その不公平の意見なんて聞き入れるつもり、なかったんですね、室長。」


要望を聞き入れているように見えてまったく意に即していない姿にため息を漏らした。

結論として、私はソカロのイノセンスのメンテナンスを止めない、ということ。

第一、不公平である、という意見を反映させるならば、彼らは避けている私にメンテナンスを任せることになるだろう。

私がメンテナンスを止める、という選択肢は存在しない。



「僕の仕事がもう少し楽だったらよかったんだけどねー」

「サポート側のトップの仕事が楽なわけないでしょーよ。」



ふざけたことを言い出した室長に呆れたため息をついて返した。

既に室内の空気は、普段の室長の醸し出す雰囲気に完全に飲まれている。

ソカロがゆるり、と立ち上がって私の腕もついでに引っ張って無理矢理立たせた。



「報告書は置いといてやったからな。」

「はいはい。」


ソファーの前に置かれた机の上に散乱している紙を視線で報告書だ、と言い切った男は室長にそれ以降返事をすることなく、私の腕を掴んでずるずる、と部屋を出る。


「痛い。」

「あ?」


実際本当に痛くて、もう少し考えろと言いたい私の目に浮かんだ涙を見たら、反省したらしく力が緩んだ。



「・・・・・・お帰り」

「おう」



腕を引かれるがまま、後ろを歩いていた体勢から、

腕を引っ張られる力が緩んだので、

自分からソカロの腕に腕を絡ませてじゃれる。




あー、

帰ってきたんだなあ・・・


頭をぐしゃぐしゃ撫でられて視界を遮られながら思った。





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