不器用なライオン 1
手紙、というものは実に便利な連絡手段である。
相手と時間を合わせることなく連絡を取ることができる。
研究にかかりっきりになりたい私にとって、他人に時間を拘束されない、とうのは非常に重要な意味を持っていた。
例えそれが、心から愛している人であろうと。
「来週か・・・。本当に帰ってくるのか怪しいところだけど・・・。」
手紙と言っても、現行任務報告書が内容の大半、9割過ぎも占めている内容に、
いつものことだと笑って一番最後の余白が空いたから走り書きしたのだろう[来週戻る]の、素っ気ない字を指でなぞる。
インクすらも掠れているその字は、封筒に宛先を書き終えてから、手紙を中へ仕舞い込むときに思い出したように、
気まぐれに書き足したことすらも容易に想像が付く。仕事のついでか、なんて欠片も考えず、あの人らしい、という感想を抱く。
そもそも、本部には定期的に通信を入れて現状を報告しているだろうから、この手紙は私だけの為に書いた手紙。
気づくまでに、随分と時間が掛かってしまった事実だ。
元帥、なんて役職についているから滅多に会えないのを向こうも寂しいと少しは思ってくれている、ということなのか・・・。
考えても答えは出ない。
だって、よくわからない。
人の心なんて。
「来週帰ってくるんだったら、今やってる研究以外は手を着けない方がいいなあ・・・」
今日は木曜日。
あ、そもそも来週の何時に帰ってくるんだろうか。
それによって手をつけている研究の進み度合いにストップを掛けておかないと途中で放り出す羽目になる。
自分に構わないと直ぐに臍を曲げて邪魔をしてくる人だから。
機材代だって馬鹿にならない。
過去に壊された−−本人曰く、手を置いたら壊れた軟弱な機械ーー機材たちを思い浮かべてため息をつく。
室長に二人で小言を頂いた気がするが、結局最新のものを購入して貰った。
いっそのこと、手紙を読む前に実験し終わったデータを纏めて、報告書を書くことにしてしまおうか。
その方が精神衛生上良い気がする。
そうだ、そうしよう。
実験のことを思い出しながら報告書を書くのも楽しい。
思ったような結果が出なかった実験だとしても、次にどうすればいいか、実験手法の見直・検討を行いながら報告書を書き上げる。
そうと決まれば話は早い。
読み終わった手紙と睨めっ子なんてしてないで、さっさとデータ分析をして報告書を書こう。
走り書きをもう一度目に入れて、にやけた笑いを残しつつ、丁寧に封筒に入れ込んで、
デスクの上の、背の高い楕円の紅茶缶の中へしまった。
紅茶缶も、あの人が気まぐれで送ってきたものだ・・・
誰かから押しつけられた、との線が濃厚だが、本人は紅茶を買ったか貰ったか、教団へ帰ってきたときにはすっかり忘れていて、
そもそも、そんなもの送ったか?
なんて抜かしたので、それから先、送ってきたものを話題に上げてつらつらと話すのを止めた。
第一、2ヶ月も時間が開いてしまえば忘れるものだろうと自分で納得をして解決させている。
掛けていたイスから腰を浮かせて立ち上がり、ただっ広い地下ラボの一角に場所を取ったプライベートスペースから出て
実験データを積み上げたデスクへ足を運ぶ。
科学班に所属し、班長よりも広い実験スペースを与えられている私は、ただ一人きりで作業をこなしている。
地下ラボのフロアの一つ丸々与えられて、いや、私は此処へ押し込められていた。
腫れ物に触るような扱いも、当初はストレスを感じたものだったが、科学班に配属されて5年も経った現在、
一人で行う研究の気楽さを覚え、捨てられなくなった私に、もはやストレスなど感じる暇はない。
上司も居ていないようなものだし、好きな時に好きなことを好きなだけできる、これが仕事だなんてなんて幸せなのだろう。
この日々の単調で楽しい生活に、たまに刺激が外から帰ってくるので、私の労働環境は充実している。
ああ、早く来週にならないかな。