いつも通りに、執務室で職務を忠実にこなしていると慌ただしくこちらへ向かってくる足音を拾った。

誰かは、簡単に予想が付く。

書類を読む目を止め、視線を部屋の入り口に移せば一拍置いた後、扉が大きく開かれた。

扉を開けた人物は険しい表情でずかずかと部屋に入り込み、私を睨みつける。



「おいメフィスト! どういうことだ!!」

「おや藤本、一体どうしたんですか?」



怒鳴り込んできた藤本ににこやかに対応し、内心ではそろそろ怒鳴り込んでくる頃だとは思った、と思考を転がす。

話題は決まっている。 ―――本部に乗り込んでいった兄のことだ。


バン!

興奮気味に藤本が机へ手を当てつけたために、書類が2、3枚宙を舞った。



「どうしたもこうしたもねぇ!

 だよ! 枢機郷に宣戦布告しやがった!それも、あのエギンに!」

「・・・はあ、どうやら、母親に似て気の強いところがあるらしいですねぇ・・・」



私の子供なのに聖騎士になるとでも言ったんですか、すいません。

父親の皮を被って謝罪した、もちろんわざと話題を逸らしたわけだが――、

枢機郷にまでたどり着いた、ということは本部に侵入できたということか。なんともまあ、穴のある警備だ。



「っ・・・、はぁ……俺がっ、…俺が言いたいのは。

 が、悪魔に取り付かれてるってことだよ。」


私の態度に落ち着いたのか、藤本は懐から煙草を取り出して火を付けた。


なんと驚いた!


この男、自身が悪魔だとは考えないらしい。それとも私を引っ掛けようと試しているのか?



が…? それは由々しき事態ですね。
 
 仮にもアレは私の子供です… みすみすそのあたりに居る悪魔に取り付かれることなど……絶対にありえません。」



少しヒントを出してみるが、きっと思いも寄らないだろう。

最初に引き合わせた時点で、兄を悪魔だと見破れなかったのだ・・・ 藤本もまだまだだな。



「そりゃそのあたりに居る悪魔じゃないだろうよ。

 本部に侵入できてるんだから・・・、お前は心当たりとか…ないわけ?」



プカプカと煙草の煙を吐き出した藤本は、私の机にある灰皿を引き寄せて灰を落とした。



「ありませんね。

 私の学園内には中級以上の悪魔は進入できませんし。

 もっとも、私が手引きをしたなら話は別ですが。」


「お前が?―――、立場が不利になるだけだろ・・・」


更にもう一つヒントを出してみるが、まったくこの可能性を考慮しない・・・、

いや、もしかしてシェエラが悪魔でも構わないと考えているのではないか?

騎士團に有利に物事が運ぶなら、様々な手段を惜しげもなく使う男だ・・・。



「そうです、私の立場が不利になるだけです・・・しかしあなたが乗り込んできたということは、

 枢機郷は私を疑っているということでしょう。」


「その通り。お前がついに本性を表したと思ってる。」



吸い殻を灰皿に押しつけた藤本は、私をみて不適に笑った。

たかが一介の枢機郷を消す程度にこんな格好の付かない真似はしない、と知っている顔だ。

そう私は実に紳士だ。自分で言うのもなんだが。



「疑う気持ちもわかりますが…

 弱りましたねぇ、私、味方よりも敵の数のほうが多いのです。」


「それも知ってる。 を捕まえて真相を暴けるのが一番いいんだが」

「まず捕まりませんよ。」


兄は自分よりも力を持っている。それに万一見つかったとしても、彼は魔眼の持ち主だ。

人間なぞ簡単に殺せてしまう。だから本部に行くのを止めたのに…… ああやれやれ、頭痛がしてきたな。


「……宣戦布告と、最初に言いましたか?」

「おお言った。…何でも枢機卿を蹴落とす? らしいけど…、家ごと抹殺…?

 まあとにかく、すっげぇ取り乱してたから逃げてきた。」


「逃げて、ってあなた……まあそれは今さらですね。 取り乱しているのなら勝機はあります。」


「言いくるめるのか?」

「おや、人聞きの悪い言い方をしないでください。説明して納得頂くだけですよ。」



それは取り乱すだろう、自分が捨てた過去がひょっこりと顔を出したのだ。

さぞ見ものだっただろう。

さて、兄の思惑合致する条件は揃っていない。 しかし彼が何もせずに挑発だけして本部から逃走したとも思えない。


「ああ、そうですね、藤本。 

 一つ確認したいのですが、エギン枢機卿には娘さんがいらっしゃいますよね、祓魔師の。」

「……ユリがどうかしたのか?」

「暫く軽い任務を回したほうがいいですよ。 親というものは、子供に何かあるとダメージを受けるものです。」

「狙われてると?」「可能性はあります」


まあ、疑われている私がこんな話をしても通らないでしょうけど。

肩を竦めて見ると、つけたばかりの煙草の火を、藤本が灰皿に押しつけた。


「わかった、手配しとく…… お前のことは――「私のことでしたらご心配なく。 自分の面倒ぐらい、自分で見れます。」


この程度の疑い、騎士團に協力した当初はしょっちゅうだった。あしらいには慣れている。

今回ばかりは遠からず当たっているが、……確たる証拠は枢機卿の憶測でしかない。


「私が刺客を送り込む理由がまずありませんし、私はこの現状に満足しています。

 また、本部に入るには厳重な警備がありますから…… それを抜けることは不可能に近いでしょう、

 ですから」「本部内で悪魔に取り付かれた?」「ええ。 よく分からないお宝が眠っているでしょう?」


あくまでも、可能性のうちの一つに過ぎませんがね。


そして可能性をあげればきりが無い。枢機卿の話も、可能性の一つとして処理されることだろう。



「さ、藤本、早く手を打たないと知りませんよ。」

「わかってる。」


邪魔したな、と来たときよりはゆっくりとした足取りで、しかしやはり早足で部屋を出て行く藤本に

全てを話してみたら面白い反応が返ってくるとは思うが、だが兄のやろうとしていることの方が愉快であるから、口を噤む。


無いのならば作ればいい。

どこまでその考えが通用するとお考えですか、兄上?




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