「いやぁ、藤本先生貴方のお陰ですよ!」

「俺はなんもしてねぇええええ!」


しっかりばっちりさっさと祓魔師になってしまったシュエルの父親であるメフィスト・フェレスに礼を言われて

即座に反論した。絶対にこの悪魔も、俺のお陰でなんて思っていないはずだ。間違いない。


半年間、実に色々なことを教えさせられた。悪魔に対する知識は俺を凌ぐと思うほどに有していたシュエルは、

反面、悪魔薬草学や、グリモア学に関しては点で駄目で、基礎の基礎から教えた。自分の担当していた教科では勿論なかったが、

成り行きで全部の教科を見ることになり、そして成り行きでいつの間にか放課後にはメフィスト・フェレスの執務室に足繁く通いつめ、

さながら家庭教師のようなことをしていた。しかしそれももう、今日で終わりだ。



「そんな謙遜なさらずに! まさか半年でとってしまうなんて思いもしませんでしたよ。」

「俺だってそうだよ。 お前どんな育て方したんだ。」

「さぁ?」「……はぁ………」


私は子育てした記憶がこれといってないので、と言ってのけた悪魔に、コイツが子育てしているだなんて思ってしまった自分に呆れた。

やろうと思えば器用にこなすだろうに、何故しないのか。



「ま、とにかく俺は今日で本部に戻るから。」

「監査ご苦労さまでした。 何もなかったでしょう?」

「…… 気づいてたのか?」「勿論。あなたバレバレでしたよ、言っておきますけど。」


こんな時期に、貴方みたいな精鋭を送り込んできたのですから、本部の方もバレても構わないと考えているとは思いますが。

確かに俺の居たあの場所での講師は、中々内部事情を探りやすかった。

しかし本命である、メフィスト・フェレスには断片的に触れるまで。 平日は毎日顔をあわせたにも関わらず、尻尾どころか牙すらださなかった。


「次はバレないように気をつける。」「無理ですねぇ、向いてないです、まったく。」


煙草を取り出したところで、決意した発言を全て否定されて、思わず煙草を持った手に力を入れて箱を握り締める。

そう、俺はこそこそするのは向いてないんだ!



「何か私に質問しておきたいことはありませんか?」

「特にないが…… ああ、あの子供は本当にお前と血が繋がっているのか?」

「勿論、繋がっていますよ。… そうですね、むしろ、もっと深い関係です。」


血で繋がる以上に深い関係ってなんだ!?少し不味い質問をしたのかもしれない。

メフィストの言ったことを半分聞いて流し、曖昧に相槌を打っておいた。






「…サービスしすぎ。」「でも兄上、気づいていないという自信がありましたから。」



吸殻の一つだけ残った灰皿に視線を留めていると、天井から声が落ちてくる。

藤本はまったく気がついていなかったが、此処には私以外にももう一つ気配があった。


身軽に、天井から落ちた兄は、服についた埃を軽く払って、私の執務机の上へ座り込む。

彼の姿は、何時もの私が買ってきた愛らしい服装ではない。 

黒を基調とした祓魔師のコートに、胸に光る銀色の正十字――― 祓魔師の服装だ。


「なんで誰も気づかないのかねぇ。 … 気づいてるけど放って置かれてるのかな。」


だったら詰まらない、と顔を半分こちらに向けた兄が問う。


「気づいていたら排除しに来ますよ……、 しかし本当に行くのですか? 流石にバレますよ。」

「バレた方が面白いじゃん? …… それにさぁ、イイこと、思いついたんだよね。」


ヴァチカン本部より、この兄には召集命令が下っていた。 優秀な祓魔師の力を是非見たいとした話だろうが、

この兄は私と同じく、悪魔だ。 本部には悪魔除けの結界やら、罠やら、至る所に仕掛けられている。

そんなところへ、本部に登録のない悪魔が入ってみろ、上へ下への大騒ぎだ。私だって火の粉を被る。


くしゃり、と顔を崩して笑った兄の顔が恐ろしい。



「イイこと、とは…?」

「この器に入って、お前の子供になって、この魂の叫びを聞いて思いついたんだけど。

 父上の器が、物質界で見つからないなら、作ってしまえばいいと思わないか? メフィスト。」

「…… 人間の女と、契約させるわけですか」

「そうそう。 …ま、父上を受け止めることの出来る女を探さないと駄目だけどね。」



言葉少なに、簡潔に述べた兄の言葉を瞬時に理解した。 見つからなければ作ればいい。 

たしかにその目の付け所は間違っていない。


「見合った女性を探すために本部へ?」「うん。 力の強い人間の方がいいだろう…、女性で祓魔師ってのも限られてきちゃうけど。」


本部なら、そういう女を捜すのには向いているから行くんだよ。

自分の身の犠牲など考えてもいない兄に、自分が半年間兄を大切に保護してきた努力は無駄だったのだ、と悟る。

兄はいつだって父上が大事だ。 ――― 異常なほどに。



「私に火の粉が掛かるのですが。」

「自分でなんとかしなさい。 じゃあねメフィスト。 たまには下に帰って来いよ。」



父に嫉妬なんてしても、父に理解されるはずがない。 愛だの、恋だの、暖かい気持ちから派生した感情は彼には理解できない。

自分だって、上へ来るまで人間が愛しているだの、好きになった、だと口ずさむ言葉を眺めていただけだった。


机から下りた兄は、軽い足取りで去っていく。

引き止めたくとも引き止められない。 彼の頭の中は、やっと父上の役に立てること、やっと向こうへ戻れることしかない。

私のことなど考えてもいない。なにもない。ない。


「あ、そうそう」

「なんですか?」

「ありがとう、メフィスト。」「はい?」「じゃ」


何に礼を述べたのかこの兄は。前後の関係もつけて言葉にしてくれないとわからない。

目を瞬かせて疑問の声を上げるも後ろ手をひらり、と振って部屋を出て行ってしまった。




「………… まったく、困った人だ。」


少しの言葉だけで報われてしまった私の心持も、兄の父上へ対する思いを糾弾できないほど異常だ。

何故これほどまでに兄に執着するのか。

長く生きた私にだって、未だ分からないことはあるものだ。


兄のために、少しばかり根回しをしておくか、と机にある電話機の、受話器を上げた。


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