最近、塾生たちが浮き足立っている。
原因ははっきりしている―――メフィストのせいだ。
あの悪魔め、ひっかきまわすだけひっかきまわしやがって・・・!
「知ってるかお前、最近入った理事長の子供。」
「おお知ってる知ってる。小さいのに凄いらしいな。」
「おい、お前ぇら予鈴鳴ってんのにいい度胸だな。」
「げっ、藤本先生!」
「早く席に着け!」「はい!」「はいっ!」
毎回毎回、授業をはじめる前にこれだ。
もはや恒例行事になりつつある。 反面、噂の理事長の子供に至ってはこんな噂話など可愛く思えるほど手が焼ける。
どうしてこう、いつも問題ばかり投げてよこすのだろう。頭痛がする。
「今日は教科書58ページから」
静かになり、授業体制に移行した塾生たちの思考を逃がさないよう間髪を入れず授業を開始した。
こんな面倒なことに巻き込まれるのだったら、気軽に引き受けなければよかったんだ・・・
半年間の期限付きだからまだ我慢できるが、そうじゃなかったらあの日に退職届けを出しているだろう。
「今日は魔障を負った時の対処法についてだ。
知っての通り、悪魔から受けた傷はすぐに処置しなければ命に関わることがほとんど。
医騎士の称号を取るやつ、取らない奴に関わらず、緊急処置程度は覚えとけ。」
大体、ここの講師だって当日に呼び出されて突然言われた。
名目は日本支部長メフィスト・フェレスの監査。ただの雑用係りの間違いじゃないのか、まったく。
「悪魔から受けた傷は、悪魔と同じぐらい種類がある。
全部覚えるのは大変だろうから、今日は有名どころをさくっと―――なんだ。」
有名どころは祓魔中に遭遇する確率が高いからとりあえず覚えさせるか、と思ったところで教室の奥の席に座っていた奴が手を挙げた。
無視するわけにもいかない。しかしやけに小さい手、だな・・・?
「防壁を張ると、魔障が軽減すると聞きましたが。
直接攻撃を受けない分、緊急処置も後回しでいいですよね?」
「おい、あれ」「そうだぜ絶対。」「全然似てないよ」
「だからと言って覚えなくていいってわけにはいかねぇぜ。
どんな時にも対処できなきゃ、プロとは言えな・・・・・・おい、お前等っ!好奇心旺盛なのはいいがっ、休憩時間中にやれ!」
座学じゃなく、実践的な内容を引っ張りだしてきた小賢しい子供を鼻で笑った。
確かにお前は覚えなくてもいいだろう。
あのメフィスト・フェレスの子供だ。悪魔に対してはそれなりに耐性があると推測できる。
いつの間に教室に潜り込んだのか、が後ろの方の席に座って、教科書を広げていた。
噂の的であった人物が教室に現れたことで授業は崩壊し、
後ろのに近い席に座っていた奴らに至っては立ち上がっての周りを囲んでいる。
「お前もう候補生だろ。この授業は取ったはずだ。」
「いえ、飛び入りでしたので。未履修です。」
「・・・・・・ 自主学習しろよ。」
どうにかして奴を教室から追い出したいと思うが、中々思う通りにはいかない。
教壇から降り、後ろの席へ大股に足を進めると立ち上がっていた生徒たちは慌てて自分が座っていた席へ戻る。
その程度で戻るなら、最初から立ち歩くなよ、根性なしどもめ。
「ヴァチカン本部から直々に講師として招かれた藤本先生の授業を一度だけでも受けてみたいと思いまして。
半年後には向こうに戻ってしまうのでしょう、先生。」
「メフィストの野郎・・・!
・・・・・・はぁ・・・好きにしろ、と言いたいところだがこいつらに合わせた授業なんでね。
お前にはさぞ退屈だろう。 個人で補修してやるから出ていってくれ。」
あいつなにからなにまで自分の子供に喋ってるわけじゃないよな?!
生徒らには、半年間しかいないのは臨時講師だからと説明しており、俺がどこの所属かなんて話したことはもちろんない。
意外な事実にまた教室中がざわめいて、もはや授業を再開することも叶わないだろう。
「今日ぐらいはいいでしょう、藤本先生。お願いします。」
「あー?・・・ こいつらが大人しくするんだったらな。」
俺のこと講師じゃないと思ってやがるから、授業中でもかまわずにすぐ余計なことばかりすんだよこいつら。
条件を突きつけると、教室が水を打ったように静かになった。最初からそうやってできるならそうしろ!
むしゃくしゃした感情に、煙草を吸いたいが、まだ授業中なので叶わない。
「どうやら僕は授業を受けれるようですね。」
「そうみたいだな・・・ では改めて、教科書58ページから。」
やっと授業がはじめられる。時間を無駄にした分少し早口になるのは生徒たちへの警告だ。
これ以上余計なことをして見ろ、今に筆記が追いつかないスピードで喋ってやる。
今日の課題はいつもの倍出すことはもう決定済みだ。
そもそも魔障を覚えなくてはならないのだから、課題の量も多くなる。
だからこそ、コイツらは授業を妨害してきたわけなんだが。
「悪魔の体液は皮膚に付着しないよう、十分に注意しなくてはらなないが、もし付着した場合は―――」
教壇に戻って、一段高い場所から教室中を眺めつつ授業を再開した。
いつもよりも緊張感を持って授業に向かっていることはいいことだ・・・が、その理由があの子供なのがいただけない。
こちらの授業態度を監査されている気に陥る。
後ろの席から射ぬく視線は鋭く、任務に就いているあの緊張した空気を自分が感じている
・・・相手は子供だぞ、10歳もいっていないような・・・。
自分より遥かに幼い子供に何を恐れているんだ、俺は。
藤本獅朗に感づかれるのも時間の問題だな。
こっそりと忍び込んだ授業でわざと目立ち周囲の注目を集めてみたが、愚かな子供たちは、
私を外見そのままの年齢として捉えている。多少不可思議な行動をしても、理事長の子供だからで片付けられ、誰も疑いを持たない。
教師陣も、同じく。
それどころか、理事長の子供だから、と腫れ物でも触れるような扱いだ。
それでも正十字騎士團日本支部か? 随分とメフィストの奴に骨抜きにされている。
こちらにとっては都合がいいが ――― … いや、どうもメフィストがわざわざあの人材を集めてきているようにしか思えない。
何を考えているのやら。
ちらちら、と視線の合う藤本に子供特有の無邪気な笑顔を浮かべてやった。
いつまで、騙せるか。