「くくく、お前の言っていた通り中々興味深い人間だな。」
「…兄上、あれは私が先に目をつけたんですよ。」
「わかってるわかってる。」
お前のお気に入りに手をつけるほど飢えては居ないよ、と笑って返してやるが、メフィストさえ居なければ、とも考える。
藤本は、私の存在を無かったことにして自分の心の平穏を保ち、煙草を吸い終えると
メフィストだけに手短に挨拶をして帰っていった。
帰る時に藤本が、扉を開けるタイミングを逃し額を強打した時は笑いを堪えるのが大変だった…。
今思い返して見ても笑えて来る。
「虚無界と違って物質界は実に、新鮮味に溢れているな。…… ところでメフィスト。」「はい、兄上。」
「お前の服の趣味はどうにかならないのか?
お前が自分で着る分には趣味の範囲で済むが、それを私にも押し付けるな。」
半ズボンにタイツなのかレギンスなのか、それはどっちだ。
一方、藤本の座っていたソファーに腰掛けた私の格好は、長袖のカッターシャツにリボンタイ、それからチェックの半ズボン。
どこかの金持ちの子供だな。これだと。
メフィストが買い求めてきた大量の服の中には、袖にフリル、裾にフリル、胸元にフリルなんてものが多く、
まともな服を探すのに苦労している。
「……メフィスト、聞いているのか。」
「ああ、聞いていますええ。 すいません兄上。 あまりの愛らしさに。」
こちらに顔を向けているメフィストから言葉が返らず、眉を潜めて非難するも機嫌よく答えたメフィストの声に
こいつは私の器で楽しんでいるだけなのだと理解した。
ああ、まったく!
組んだ足を組み替えて、腕を組んでから諦めたため息を洩らす。
「はぁ…もういい。 それで。 どうなった?」
「抜かりなく進んでいます。 ――― 面白いこともわかりました。」
弟に遊ばれていたとしても構うまい。私が優先すべきことは父上のことだけだ。
親愛なる父上への手土産を手に入れる前に、この器の内から来る魂の叫びを静かにしたい…
日ごとに煩わしく大きくなってきて、煩いことこの上ない。
「面白いこと?」
「えぇ。 その体、どうやらエギン家の血が流れているようです。
代々正十字騎士團の重要な役職についてきた名家の、ご落胤… というわけですね☆」
メフィストは片目を閉じてウインクした。
茶目っ気たっぷりに言うには、内容が重過ぎる。しかしまさか、聖職者になっただろう人間が悪魔に好んで体を渡すとは。
「――― メフィスト。 祓魔師になったら面白いと思わないか。」「…兄上、が?」
「ああ、そうとも。 悪魔が祓魔師だよ。
お前の子供だからと、カモフラージュで祓魔塾に通うのではなく。 本気で。」
捨てたはずの子供が最年少で祓魔師として出てきたらその一家はどんな顔をするだろう?
この内にある、もはや憎しみと復讐の感情だけでどす黒く彩られた魂も満足する。
「お前は手駒が増えるし、私は物質界を手に入れることに一つ近づく。」
「本気でこの世界を手に入れることができるとお考えですか。」
「いいや、まったく……
そうだな、我らが思い描いている方法では無理だろう。他に糸口を見つければいい。
人間という奴は、時に思いも寄らないほどのアイディアを与えてくれる。
…私たちの寿命は遥かに長い。永劫の時だ。 その時の暇を埋めるために、ちょっかいを出す程度人間でも許容できるさ。」
「物質界を手に入れるための糸口…、気の遠くなる話ですな。」
貴方はどうにも気が長すぎますね。
肩を竦めたメフィストに、お前も人のことを言えないだろうと思う。
「長くもなるだろう。
人間など…、私にとってみれば脆弱で愚かで、生まれたと思ったら既に死んでいる生き物だよ。
…愚かで弱い存在であるからこそ、こんなにも魅力的に映る。」
「だから物質界は面白いのです。
兄上、…その姿で言われても中々格好が付きませんな。」
「おっと、これは失礼。 まぁ、子供らしく振舞わせて貰いますよ、パパ。」
「中身がだと思うとおちおち可愛がりもできません。」
もっと楽しめると思ったのですけれどね。
思惑が外れた、と組んだ手の上に顎を乗せた弟の言葉に、やっぱりこいつ私の器で遊ぶ気だったのだな、とわかった。
器が他の奴らにいいように使われるとなると、気分が悪い。これは私が手に入れたのだ。
「変な態度を少しでも取ってみろ。 その器からお前を引きずり出してやる。」
「それそれは…楽しみですな。」
兄上の本気が見れるなら、色々してみるのも楽しいですね。
鬼歯を見せて笑ったメフィストに、何を言っても脅しにはなりえない。我が弟ながら、つくづく面倒な奴だ。
ソファーから立ち上がり、メフィストを射抜く。
「直接私で遊ぶよりも、もっと面白いことをやってやるよ。」
だからそっちを、楽しみにしておきなさい。
言い聞かせても納得する大人しい奴じゃない。 これは宣戦布告だ。
私の方が、父上の役に立つ。それを、 証明してみせる。