「聖騎士が石になって帰ってくるたぁ…… なっさけねー…」
俺涙出てきたわ。
私が書き上げた報告書を読んだ藤本は深いため息をついてテーブルに紙を放り投げた。
現場に居た私も情けないと思ったが、あえて止めなかったのだから聖騎士を責める発言はまだしていない。
「しかし藤本。それが現実なのです。」
なんとも嘆かわしいことですが。肩を竦めて、目の前に立つ男の顔を見上げる。
いつもは見下げている身長差だが、今は私は椅子に腰掛けているため見上げる形になっていた。
藤本はガシガシと頭を掻いたあと、ポケットに手を入れて煙草を取り出す。
「…それで、この魔眼は結局どうしたんだよ。」
「取り逃がしました。」
「ふーん… じゃあまだうろついてるってことか…。」
お前が取り逃がすとはよっぽど強い奴なんだな、関心したように言った藤本は煙草を咥え火を付けた。
安煙草の匂いが鼻を付く。 趣向品だからと、よくそんな不味いものを美味しそうに吸うものだ。
魔眼が憑依した器の外見を知っているのは私だけであるから、自然と私が探索の任務に当たらさせることとなる。
しかしながら、日本支部での仕事もあるのでそう易々と世界中を飛び回ることはできない。
あの捕り物から先、<魔眼>は何も事件を起こしていないために虚無界へ帰った、と言うものも出始めて、
まあつまり、探索任務は早々と打ち切られることになるだろう。
「上の見解では、気まぐれで出てきただけだろうと。」
「その気まぐれで石にされた奴は堪ったもんじゃねぇな。」
「まったくです。 私も不要な疑いを掛けられて辟易しています。」
こんなに一生懸命尽くしているのに。
ため息を吐いてみても、文句を言っても、仕事が減ることはないのだが、愚痴ぐらいは言いたくなる。
「で、俺を呼んだのはこの話をするためだけか。」
「いえ。 そうではありません。
話をしたら是非貴方に会いたいと言って聞かないので。」「は?」
話がまったく読めないんだが、と煙草の灰を私の机にある灰皿に落とした藤本は、
報告書を読んだときよりも怪訝な顔をして見下ろしてくる。この顔がどのような顔になるのか、非常に見ものだな。
「。 そこに居ますね?」「なんだ!気がついてたの、パパ」
部屋の扉に向かって声を掛ければ、3日前から自分の子供になった男の子が入ってきた。
可愛らしい盛りの外見とは裏腹に、中身は自分より上の兄弟で、それもかなりえげつない部類に分類される悪魔…
ついでに、件の<魔眼>張本人である。
「……… 俺もついに耄碌したか…」
「おじさんが藤本獅朗? 凄腕の祓魔師の?」
ひくり、と口元を引きつらせた藤本は、の幼い声を振り切るように灰皿に煙草を押し付けて揉み消した。
中へ入ってきたは藤本の足元に纏わり付いて、首を大きく上に上げている。
兄上……っ! …非常に、愛らしいです。
「おいメフィスト! お前どういうことだよ!?」
「どういうことと言われましても… 私の子供です。」
「本当にお前の子なのか? それに……相手は?」
「おやっ、藤本神父、野暮なことを聞きますね☆ 私にだって女性の一人や二人…」
それとも聞きたいんですか、馴れ初め。
ニヤニヤと笑って言えば藤本は素直に引き下がった。 子供が居る、ということの衝撃を受け止めるだけで心は手一杯らしい。
なんと面白い。 此処まで慌てふためく藤本は貴重ですよ。
「ねー、ねーねー。 おじさん任務中に居眠りして悪魔に食べられるところだったって本当ぉー?」
「…… や、お前の子だわ、これ。」
すっげぇむかつくところまったくそっくりだなメフィスト。
を見下ろす藤本の目に苛立ちが篭り、足に纏わり付いているのを剥がしたくて仕方がないという表情をしている。
「聖職者なのにエロ本集めるのが趣味って本当ぉー?」
「おいメフィスト、何吹き込んでんだ!」
「すいません、強請られるものでつい。」
強請られるというか…脅されるというか、流石のも学園を壊すことはないだろうが、
今抑えている<魔眼>の力が発揮されればこちらが痛手を食らうことは確実なので害が及ばない程度は自由にしてもらうより他がない。
ついに我慢の限界が来たらしい藤本が、の首根っこを引っつかんで掴み上げた。
藤本が子供に構っているのがミスマッチすぎて、ついでにその子供が自分の兄で中身がえげつなくて…… いかん、クルなこれ。
「フッ、フフフフウハハハハハハ! ふじ、藤本が…っ!」
「てめっ、笑うな! どういう経緯で子供がいきなり現れたのかしらねぇけどよ、
躾けぐらいしとけっ!」
「わーっ!?」「おっと!」
を投げて寄越した藤本に、兄が怒り出さないかとひやひやさせられた。
慌てて受け止めて藤本を非難する。
「私のになにするんですか。」
「こんなくだらない用で呼び出されたとは思わなかったんだよ」
灰皿を持って机からソファーへ移動して腰を下ろした藤本は煙草を取り出してまた一息つく。
確かにこの藤本にを会わせるのは早かったかもしれない…… しかし本人が希望したのだ、私が出る幕はない。
「僕はずっと会いたかったですよ。おじさん。」
「ふっー…… 甥っ子みたいな顔してそんなこと言うな。」
俺はお前みたいな餓鬼は嫌いだな。
子供相手にみっともなく反論した藤本はぷかぷかと煙草の煙を吐き出している。
私に抱きかかえられたまま、は楽しそうに笑った。
「うーん、じゃあ藤本さん! や、藤本先生?」
「先生ぃ?…… お前まさか」
呼び方を変えたらいいですか?なんてまた無邪気に笑って言うに、藤本の苛立ちは止まらない。
現に、煙草がフィルターまであと少しになってしまった。
先生の呼び名に耳を止めた藤本が、私に再度視線を合わせてきたので、ウィンクしてやる。
「はい。入塾させました。」
「まだ10歳にもなってないだろコイツ!」「僕は8歳です。でも悪魔の子供ですから!」
だから石になった間抜けよりももっと役に立てますよ!
胸を張って言ったの可愛さと言ったら…! 流石兄上です、演技がお上手ですな…。
「8歳も16歳も大してかわりませんよ、藤本…先生。」「よろしくおねがいします、藤本先生!」
今度こそ精神的に耐えられなくなった藤本は、現実逃避に新しい煙草に火をつけた。