器が居た場所が都市だったことが幸いした。

たかが裏路地で起こった事件でも直ぐに誰かが発見して通報してくれる。

それが教会周辺でしか起こらないなら話題性も付く。 話は既にヴァチカンまで上がっていることだろう。


「そろそろ出てくる頃ですかね。 いい加減、適当な人間を捕まえて石にするのにも飽きました。」


教会の屋根へ登って、街を見渡す。 

虚無界にはない面白さが物質界にはあることが、来て数時間しか経っていない身ではあるがよく理解できた。

特に、人間という奴は面白い。 与えられた理性を活用せずに、本能のまま、また誰かに言われるがまま生きている人間の多いこと。

メフィストが帰ってこないはずだ。

父も物質界を欲しがるはずだ。


「…私も、欲しくなってきました。」「何がですか、。」


背後に降り立った懐かしい気配に後ろを振り返った。漸くきた、待ちわびた悪魔。

使い魔の伝言通り、本当に騎士團の一員になったことがよくわかる。白の團服、そして左胸に光る十字。


「物質界が、だよ。メフィスト。」「それは困りましたね。 出来れば大人しく下に帰って欲しいものですが。」

「お前の言うことを私が聞くわけがないだろう。

 父上に手土産を頼まれている。……… お前、一人だけか?」


ピンクの傘をくるり、と回したメフィストはやれやれと肩を竦めただけで特に反論はしない。

私が父の命令しか聞かないのを兄弟の誰よりもよく知っている。

祓魔師は二人一組だとよく聞いた話だったが、教会の屋根に居るのはメフィスト一人。

騎士團がこの悪魔を野放しにして任務に当たらせることはないだろう。何を考えているのかよくわからないのだから。


「いいえ。 きちんと相棒がいますとも。
 
 人…あ、いえ、悪魔使いの荒い男でしてねぇ… 愛想が付きそうです。」

「人間が好きだと公言して止まないお前が?それは興味深い。 どこに置いて来た。」

…いえ、兄上、あの人間で遊ばれては困ります。」

「私を祓うのにお前の手を貸りた無能な祓魔師など居なくなっても困るまい?」


私を祓うのにメフィストを寄越す時点で、今の騎士團には力がないのだと大声で宣伝しているものだ。情けない。

この分だと、私一人だけでも物質界を手に入れることが容易になってしまう。

傘を回す手を止めて、屋根に傘の先を置いて落ち着かせたメフィストは少し思案顔で顎を片手でなぞった後、

鬼歯を見せて暗く笑った。 



「突然消えては怪しまれます、が…… 突然でなければ怪しまれませんな」

「話の分かる弟が居て幸せです。

 ああ、そうだメフィスト、話ついでですけど。」



どうせ人間なんて寿命で先に死んでしまうのだ。何億人も居るという話だし、一人ぐらい減っても直ぐに思い出として処理されるだろうに。

何か思いついたらしいメフィストの策は一先ず置き、人を石にするだけの単調な作業を重ねた理由を口にした。


「この器に地位が欲しいのですよ。魂が煩くてかなわない。」

「復讐を叫んでいると?」「そういうことです。 無垢な子供が私を受け入れられるほどに歪んだのです。」


夜風を受けて視線を教会の下へと移す。 おやおや、何か速いものがこちらへ来るな。

メフィストが傘を持ち直して、先を私の背に当てた。


「いいでしょう。 日本へ来てください。 私は今、日本にいます。」

「日本…? お前、ドイツが好きだと言っていたじゃないか。」

「今、時代は日本ですよ。」



他愛ない兄弟の会話も、侵入者――― 先ほど話題に上がっていた聖騎士によって遮られた。

メフィストに探索を押し付けたら中々連絡が来ずに、自分で探しに来たといったところか。

そのお陰で当初の目的が達成できたわけだが、これが聖騎士なのだから、本当に殺りがいがない。



「フェレス卿! 対象を発見次第連絡を入れろと私は言ったはずだが?」

「おや、それは失礼しました。手強く抵抗されたので手間取りまして。」

「ちっ……まあいい。 早く聖水を掛けて帰還す――、こんな子供に憑依しているのか。」


普通の子供が憑依に耐えられるなんて、どっかの下級悪魔なんじゃないのか、と見当外れなことを言い出した男に

メフィストは賢明に笑い出すのを堪えている。 常識から考えれば子供が私の憑依に耐えられることはないが、

聖騎士ともあろうものが敵しか居ないまえでこう油断しきっては笑いたくもなろう。



「そうだよ、こんな子供にしか憑依できない力の弱い下級悪魔だよぉー?

 とか言って欲しいわけですか、聖騎士。」「いけません!」


笑顔のまま、メフィストの後ろに立っていた男を視界に入れ込む。 聖水で防御しているのか、なんと無駄な努力。

私の前にそんな水無力だ。 少し視界が交わっただけで、あとは私と目を合わせないよう腕で防御したが、遅い。


「くっそ…! ……………」


「やれやれ。困った兄上だ。」

「悪いねメフィスト。 返り討ちにあったってことにしておいてよ。」


傘を下ろしたメフィストは面白そうに笑って、石になった聖騎士に視線を移した。

そのまま近づいていき、目を庇う格好で固まった男を興味深げに眺めている。


「このまま下に落ちたらどうなりますか?」「お前の想像している通りだよ。」


試しに落としてみればいい。

助言をしてみるが、この弟は落とさないだろう。きっとまだ聖騎士には利用価値があるに違いない。


「ふむ…… では、私はこれをもって帰りますので。

 日本に尋ねてくるときはこの鍵を使ってください。 …それからこれも、もっているといいでしょう。」


「…… なるほど、私はお前の子供になるのか。」


指を鳴らして男を消したメフィストは、私に鍵を渡して、思いついたように懐を探り懐中時計を差し出した。

蓋を見ただけで特注で作らせたのだろう事が良く分かる。素直に受け取った。



「ええ、そうです。

 ヨハン・ファウスト五世の子供、・ファウストととして私の学園に通ってもらいます。」


「……… お前、もしかして怒ってる?」

「怒っていませんとも! 聖騎士を石にされて、一緒に任務にあたった私に疑いが強く掛かることが予想できますけどね☆」



やっぱりちょっと怒ってるな。父上に物質界を手土産にするためにメフィストに臍を曲げられては困るから、

言う通りにメフィストの子供を演じておくか。


物質界で、まだまだ面白いことが起こせそうだ。


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