「藤本とメフィストが到着するまで時間があるな……」


ユリ・エギンと魔人が生活を共にしていた雪山にまで戻り、産気づいたユリ・エギンのために、落ち着いて子供を埋める環境を捜す。

眼下に雪男(スノーマン)が現れ、地面から飛び上がりこちらへ合図を送っているのに気が付き、降下した。



「なんだお前たち、そんなにこの女が好きか………ふぅん…」


悪魔に好かれても、何もいいことなどないというのに、この女は本当に変わり者だ。

雪男の案内に従い、雪山を進むと洞窟を発見し、ユリ・エギンを中へ伴い、状況を確認する……、なるほど、此処でなら

万事うまく事が進めそうだ。


「ユリ、自分が今どうしたいのか思い浮かべて」

「は、…っぅ…… どう、したいか…?」



出来る限り優しく、胸元で苦しむ彼女に囁く。

自分の魔眼としての能力は、何も相手を石化させるだけではない…、心を読み取って具現化することだってできる。

悪魔とは実に不思議な生き物だ、人間にはこのような器用なことは出来ないらしい。


ユリの意思を汲み取って洞窟内は変化する、雪山には似合わない花、洞窟にあるには不釣合いな寝所、シーツ……

ユリをそっと、ベットへと横たえ、自分はただ、ただ、見る、だけ。

人間の出産には何時間も要するらしい、此処にメフィストがいれば瞬時に赤子を取り上げることが出来るのだが―――

どれほど時間を要したかは、人間と悪魔の感覚が違う為にわからないが、それほど時間が過ぎずに、赤子の五月蝿い泣き声が洞窟に響いた。

熱に弱いくせに、雪男が用意したらしい湯に赤子を使わせ、母親の血を拭い、布で包む…、これ、は…。



「…青い、炎……!

 我らが末の弟の誕生だ…!」


なんと喜ばしい!父上の器だ!

目論見どおり!


歓喜に体を震わせていると、慌しい足音が洞窟内に侵入してくるのを背中で感じ、天井に張り付く形で身を隠した。

藤本とメフィストだ。

まだ藤本は私の正体を知らない、此処でばらしても楽しいが、気力を使い切った女は此処で死ぬしかない、

この最後の別れを邪魔するなど無粋というものだろう。



「しろう……」

「お前、その子たちは…」

「私の子供よ…可愛いでしょう…?

 青い炎を纏っているのが燐、白い肌の子が雪男…
 
 生きて強く…悪魔と人間がわかりあえるって証明するために……っ……」

 
「しっかりしろ、ユリ!ユリ!!」



ああ、死んでしまった。

人間とはどうして各も脆く、儚いものなのだろう。



「遅かったね、藤本、メフィスト」


お別れは済んだだろうと、天井から降りて地面に手を付く。

悲しみの癒えないうちから申し訳ないが、此処で生まれた子供たちの生死を決めなくちゃぁね。


「な…!?なぜお前が此処に、!!」

「すみません兄上、雪道を走ってきたものですから」


驚いた顔の藤本とは対照的な、愉快で仕方が無いメフィストの言葉に、ああ、なんだ此処で双子諸共この男に

秘密を飲んでもらうつもりなのだと、一瞬で理解した。


「お前が…? 面白いなそれは」


メフィストが雪道を走ってきたという、話を聞いて、場面を想像して笑うも、それを藤本が制する。


「兄上…?……メフィストお前…!」

「おっと藤本、その剣は私に使うのではないでしょう?」


魔剣、かな……、その手にもっているのは。

中身は空だから、これからそれに双子の青い方を納めるんだろうか。

先ほどの悲しい顔は何処へやら、一瞬にして怒りを露にした藤本に、地面から手を離し、立ち上がってから

茶化したように肩を竦めた。



「怒らないでほしいな藤本先生、私が物質界に来ていたのは、魔人の暴走を未然に防ぐためだよ。

 まぁそれも、このユリ・エギンとかいう、一風変わった女のせいで台無しになってしまったがね…

 折角準備をしたのに」

「どうだか……」


悪魔の言葉に耳を貸さない、大正解。

幾らメフィストが普段から騎士団に協力していて、私がメフィストの味方だとしても悪魔の甘言など疑って、

いや、聞き入れるべきじゃぁない。


「藤本先生のそういうところ、好きですよ、すっごくね。

 さぁ、感動の再会を邪魔して悪いが藤本、さっさとその子供を殺せ

 それはお前たち人間にとっても脅威となるが、我々悪魔にも十分脅威だ。

 こいつが人間の側について俺たち悪魔を祓ったら、なーんて考えるとおちおち物質界に出て来れない。

 お前たちも、いつ我々悪魔側に寝返るかわからない、人間と悪魔のハーフなんて荷物、背負いたくないだろう?」


「それは藤本が決めることです、兄上。

 どうします?バチカンは、子供もろとも母親を殺せという命令でしたが……

 もっとも、手を下すまでもなく、女の方は死んでしまいました」



我々の結論としては殺すしかない、という結論に至る。

魔人の血を直接受け継いだ子供だ、何をしでかすかわかりはしない。


藤本も魔剣を鞘から引き抜いて、始末をする算段をつけている。



「悪魔の力を受け継いちまった以上、生きていても苦しむだけだ」


だからこそ、この場で息の根を止めると――― 先ほどアレだけ女の死を悲しんでいたというのに、

その女の忘れ形見を今度は殺そうとするなんて…人間とはやはり面白い生き物だ。


藤本の殺気を感じたのが、死んだ女の腕で眠る赤子が笑う。


「あぅあ!」

「……―― っ!」


藤本の殺気が納まり、剣を途中まで引き抜いたところで鞘に戻した。

理解できない。

殺せばいい。

あとで後悔するぞ藤本。


「どうしましたぁ?始末するんじゃないんですか」

「こいつ笑いやがった…… 俺が殺そうとしているのに… メフィスト、

「はい?」「はい」


ほうら見ろ、メフィスト、私が言った通りだろう…。


「こいつらは俺が育てる

 人間の子供として立派に育てて見せる」


藤本には隙が出来てた。殺せばいいのに。

私にとって双子を殺されるのは痛手だが、魔人の手で子供を作ってしまえば物質界に憑依できる物体が出来る、と判明しただけで十分だ。


「ぶっ、ははははは!

 誰よりも冷徹だと恐れられた貴方が、悪魔の子を育てる…!?

 無理に決まっている!」


「メフィスト、やってみなければわからないさ…、

 そう、結局殺さないのか。まぁ君が選んだ選択だ、我々がどうこうするつもりはないね。」



だから笑うのを引っ込めなさい、と兄らしく毅然と言ってみると、まだ笑い足りない、という顔でメフィストは笑うのをやめた。

人間は面白い。

自分の敵をわざわざ育てるなんて―――!


「ふぅむ…… では私と賭けをしませんか?

 貴方の宣言通り、人間の子供として育てられたら貴方の勝ち。

 もし悪魔の子として覚醒したなら我々の勝ち……、その時は、その子供の魂を貰い受けます…どうです、兄上」


「まったく悪魔らしい発想でいいと思う、メフィスト。

 どっちに転んでもとっても面白いしねぇ」


「……いいだろう」

「結構!では…」


メフィストが一つ指を鳴らすと、双子の青い炎が魔剣に移動し、赤子は炎を纏わなくなった。


「何をした…?!」

「最初から炎が出ていたのでは勝負になりませんから」

「恩に着る」

「いいえ、それでは私はバチカンに子供と女は始末したと報告しますので――あぁ、兄上、そうそう、

 魔人の様子は…、またあの調子で物質界に出てこられると私が困るのですが」

「あぁ、大丈夫、少しばかり虚無界が荒れるだけ、いつものことさ……

 炎と子供を分離されて、何処に所在があるかわからない以上、暴れられないだろうしね…、藤本、くれぐれも双子のこと、頼みますよ。

 君の息子になったのと同じくして、彼らは我々の末の、可愛い弟なのですから」

「わかってる。絶対に覚醒なんてさせねぇ…!」


「メフィスト」

「わかっています。私はこれで失礼しますよ、バチカンヘ報告します。」


秘密の共有をした我々はこの子供たちの行く末で左右されることだろう。

……人間が悪魔の子供を育てるなどと、酔狂な。



「さて藤本、子供をつれて帰る前に彼女の弔いを 人間はそうするのでしょう」

「あぁ。………ユリ……」



悪魔に愛された女の末路は此処でおしまい。

次は、いずれ来るだろう子供の覚醒を先延ばしにし続ける男の話。




嗚呼、悲しいでしょう父上、しかしそれが、貴方をさらに強くさせ、物質界を我が物にする貴方の欲望を満たすのです、お分かりください。

父上の悲しみを推し量って、このも、身を裂かれる思いです。




さて、時が満ちるまで少し、彼らの成長を見守ることとしようじゃぁないか。

楽しみは取っておくに限る――― とりわけ、退屈な虚無界では、特に。







ピンポーン



「やぁ藤本先生、お元気ですか?」

「……どちらさま…?」

「賭けは忘れていませんよね?」


「!お前、か―― ?!」

「器を変えました。子供の姿のままではいささか不便でしたので、

 今度は女性体です…… ご心配なく、彼女は、いつかの女性と同じく、望んでこの扱いを受けているので、」

「なんでまた物質界に…」

「途中経過を見に、といいたいところですが、追い出されましてねぇ、虚無界を。

 居候させてくださいまし、藤本様」


「………おいまさか、その女―――」


「はい、私、シスターですわ」


頭をがしがしと掻き毟った藤本の背中から、小さな影が二つ出てきたのを見て、笑顔で挨拶をした。

この器の彼女曰く、最初が肝心らしい。



「はじめまして」


ああ、久しぶりですね、器となるべき子供たちよ。



――――― そして奇しくも、悪魔を愛した女の父親の手によって、扉は開かれる―― 





世界をください




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