事態はいつだって突然動く。
「フェレス卿!」
「なんですか騒々しい。 私は今食事中です。」
この束の間の休憩を潰せるほどに緊急な用件なんでしょうね?
ナイフとフォークを動かす手を止めて、部屋に転がり込んできた部下に視線をやると一瞬怯んだが、
ほんの一瞬のことで、転がり入ってきた状態のままに話し始める。
「ユリ・エギンが発見されました!」
「ほう…」
兄と話をしたのはつい3日前。 藤本、中々優秀ですね。
気まぐれな妨害工作にもめげずに探索したと見える…。
再度食事を再開しながら、どうでもいいとありありと態度に示して返す。
「枢機卿のお嬢さんが無事に見つかってよかったですね、そう伝えておきなさい」
「いえ、そういうわけにも…」
「ほう、まだ何か。」
私は食事をします。
態度を崩さない私に口ごもる部下に先をせっついた。
「………その、子供を身ごもっているようでして……、本部の医務勤めによると、魔人の子、だと。
現在法廷で裁判中です。」
ユリ・エギン本人が魔人との子であると証明し、あまつさえ生むとも言い出した。
たどたどしく報告を紡ぐ部下も、この内容を信じているか半信半疑なのだろう。
しかし、それは事実。
計画を知っている私からしてみれば、笑えるほど上手く事が進んでいる。
流石は人の心を読み取れる力を持った兄、と言ったところか。
なまじ読み取れるだけに、人を見下す傾向にあるのが傷だが。
「―――、判決を聞くまでもなく、火炙りですね。
ヴァチカンの決定に一支部長が首を突っ込むことは無理です…が、それだけではないだろう、勿論。」
まだお前、何か言うことがあるだろう?
肉を口に含んで咀嚼した。 まったく、食事もゆっくりできないとは。
「はい、藤本獅朗が投獄されました。 ユリ・エギンに手を出したとして。」
「ぶふっ…… どうもあの男はトラブル体質だな…。」
前もが本部に潜入したとき、タイミングよく藤本が枢機卿の部屋を訪ねていたと聞き笑う。
ナイフとフォークを置き、首元に下げていたナプキンで口を拭き外してから立ち上がった。
今宵、魔人が暴れ出す。自分の妻と、子供を取り返しに。
「よろしい、支部を頼む。今宵は魔人が暴れまわることになる…、いや、もう暴れているか?
どちらにせよ、全ての祓魔師を支部へ呼び戻し、支部の結界強度を最大限に上げろ。
どうせ私は今夜戻って来れないから遠慮はいらない。
抗うな、隠れてお経か聖書か唱えていろ。 魔人にどの程度通用するかはまったく分からないがな。」
父上が暴れまわるのはどうでもいいが、手駒が減るのは困る。
煩いのは消えてくれるに限るが、従順な部下まで消えてしまっては、今までの苦労が台無しだ。
きっちりと指示を出し、指を鳴らして祓魔師の制服に着替える。
指示を出した部下は私の命令に慌てて反論をしてきた。
「し、しかし我々は祓魔師です!」
「ほう? では抗ってみなさい。 私は本部へ行く。」
つまり、私の支援を支部は受けることができないということだ。
その中で頑張るというのなら頑張ってみればいい。
奇跡が起こる可能性だってある。
突き放した言い方に怯んだ部下は、この話題を置いておき、私の本部へ行くという発言に反応をした。
「……っ、では護衛を!」
「必要ない。 、付いて来なさい。」「はーい、パパ!」
邪魔な人間を連れて行って何になる?
冷たくあしらい、兄の名を口にすると天井から降って来た。居るだろうとは思っていたが…。
部下と同じぐらいに部屋に着いたのだろう、姿を見られているから待機していたのだ。
降って来た兄に、部下が口元を引きつらせる。
「なっ……!? フェ、フェレス卿! 彼には抹殺命令が出ていますよっ、連れて行けば殺されてしまいます!」
「大丈夫です、彼は私より強いので」「そうそう、強いつよーい」
私など彼の本気の…半分程度で暫く動けなくされてしまう。
突然の事態に混乱している部下をあしらっている暇があるなら、早く本部へ行きたい。
「さて、早く行動しないと宴に乗り遅れますよ?」
肩を竦めて言った私の発言で、弾かれたように来たときと同じく、慌てて走り去る背中に、
この支部からも、被害が多少出るだろう予測は直ぐにつく。出来ることなら支部で指揮を取って
高みの見物と決め込みたいところだが、それよりも暴れまわるだろう魔人を程々で引き止めなくてはなるまい。
余り被害が大きすぎると、私の苦労が増える…。 兄がそのあたりを考慮してくれれば嬉しいのだが。
「父上はお怒りだったよ。」
「楽しそうですね兄上。」
「勿論。 我々の鍵となる存在が生まれるんだ、楽しくて仕方がない。」
「出産すると?」
「精神的負荷、肉体的にも負荷が掛かっただろうからな。生まれるさ。」
お前はそれの回収にでも行きなさい。
私は父を落ち着かせてくるよ。
歪んだ想いを抱えた兄の心はついに変わることがなかったか…、一年程度で変わるわけもない。
時空を繋ぐ鍵を、鍵穴に差し込んだ。