父とユリ・エギンが接触してから一年。

父は多くのことを学んだ。

命の尊さ、人を愛するということ、ものを慈しむこと――― 我々悪魔には本来持ち得ない感情だ。


あの女の紡ぐ言葉の優しく、慈愛に満ちたこと。

まるで悪魔の口上のように美しく甘い。決定的な違いは、我々と違って欲がないこと。

純粋で真っ白で、聖女であること。それが私には恐ろしいと同時に憎い。


あの父が、我らが父が、あの女の言葉を素直に受け入れて耳を傾けている。

ユリ・エギンが父を受け入れることが出来たからか?…わからない。


「ふふふ…… 瞬きの間に死んでしまうようなか弱い人間に嫉妬することもあるまい。」


そうとも、あの女は道具なのだ。 私が選んで私が父のために近づけた。

全ては父が物質界を手に入れるための布石。

…肝心の父はもう、ユリ・エギンを道具としてみていないだろうが、それでいい。

そうでなくては、この計画の意味がない。



水辺でじゃれる二人を少し離れて見守る。ここ一年、そうして二人を見てきたが見つかることはなかった。

父は私に気がついているだろうが、何も言わない。

……この時間もそろそろ終わりを迎えることだろう。 藤本獅朗があの二人を探している。

優秀な祓魔師だ。直に見つかってしまう。

見つかってしまえ。


転がり出した石は誰にも止めることはできないのだ。





「藤本がユリ・エギンを捜索しているようですよ」


メフィストのところへ顔を出すと、紅茶とクッキーを出された。

この弟は案外客に対してはしっかりともてなしをする。


「しってる。 森で見たよ。」

「なんと… では直に見つかってしまいますね。 、父上に言う気は?」


久しぶりに見たからちょっとちょっかいをかけて、森で迷わせてやった。

新しくなったローテーブルに置かれたクッキーを一つ摘んで口に放り込んだ。

咀嚼してから再度口を開く。


「ない。」

「何故?」

「何故って……、いつまでもあの関係が続くと思うか?」


驚くメフィストに、私が驚いた。

人の心というのは移ろい易い。その時は確かに真実の愛を抱いているのだろうが、下らない拍子にすぐ心変わりをする。

その前に、二人が愛し合っている間に引き裂いてやるのだ、愛は永遠に美しく魔人の心に刻み付けられることだろう。


いつまでも、忘れない。


「余計な邪魔が入らなければ。」

「ああ、邪魔が入らなければな。 それが、時間か、死か、別の人間か… どれも対して変わりはあるまい?

 どうせ何時かは邪魔が入るんだ、それなら早いうちがいい。」


「もう遅いと思いますよ。 父上は随分と熱を上げてますから。」

「より物質界に興味を持つようになっただろう? 今が丁度頃合さ。」


父上もあの女も、互いにいい夢が見れただろう。

夢は何時かは覚める……それが今、だ。

クッキーをまた食べた私に、メフィストがため息をついた。


「どうなっても知りませんよ。」

「ん…、予想はつくだろう? お前は賢い。 とりあえずユリ・エギンは魔女として処刑される。」

「…… 父上が暴れますね。」「そう、その通り。 まあ、あの女の腹の子が必要だから…、火炙りにはさせないけど」


「考えが?」「ない。 当日考える。 だって、どうなるかわからないだろう?」


人の心ですら難解なのに、魔人の心など読めるはずがない。

笑った私に、メフィストが頭を抱えた。父を怒らせるのが怖いのだ。

それにこいつは、物質界を好いている……、衝いている立場上、後始末に頭を悩むことになるのは明白だ。


「行き当たりばったり、というのですよそれを。」

「そんなことはない。 盤から駒が落ちる時は死んだときだけだよ。 プレイヤーは私。」

「自分の手の内の中で全てが済むとお考えなら、考え直した方が賢明というものです。」


忠告をしてくれる弟に有難くは思うが、既に始めてしまった以上引っ込めることはできない。

全てが全て私の思惑通りに進んでいるのだ、着地点も私が決められる、大丈夫だ。


「そうだな…… まあ、はみ出したりしたらお前が拾ってくれるだろう、問題はない。」

「言い切りますね。」

「当然だ。
 
 魔人と祓魔師の女との子供だぞ…? それも双子。 有効な手駒に育つに決まっているのを、

 お前が何もせず見す見す逃すとは思えない!」


双子のうち片方が居れば十分魔人の憑依体になれるから、予備はお前にやってもいいよ。

父に聞かれたら確実に消し炭にされるだろう台詞も、この弟の前でなら平気で口に出来る。

信用も信頼もしているわけではない。 この弟と私の考え方はよく似ているのだ……。



「私はあくまで、あなたの計画を邪魔するつもりはありませんよ、。」

「乗っ取ってもいいさ。 私は父上さえいればいい。」


笑う私に、手を頭から離したメフィストも笑う。

この私に呆れているのだろう…… 最早この父を慕う気持ち、自分でも狂っていると気がついては、いる。

それ、でも。


この話が完成しきった時、父上はどんな顔をするだろうか!

どんな感情を、どんな行動を起こすのだろうか!!


……私には、今からソレが楽しみで仕方がないのだ。


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