たった半年物質界に居ただけなのに、虚無界を懐かしく感じる。
そして思うことは、虚無界はやはり不毛だと言う事……、メフィストも父上もこれでは退屈になる。
父上の元へ参上するべく足を進めていたが、何処から聞きつけたのか父上の方から私に会いに来てくれた。
青い炎を纏って空間に現れた父は嫌に愉快な、ニヤニヤとした笑いを浮かべており、
つい身構えてしまう… どう見てもからかいに来た顔だ。
「、我が息子よ。よく帰ってきた。――― さぁ、俺に土産を寄越せ」
勿論俺とした約束は覚えているだろうな?
実に楽しそうに笑う父だが、心の内は逃げ帰ってきた私をどのように笑ってやろうかと考えておいでだ。
回答を間違えれれば父の纏う炎で燃やされるだろう。 流石の私でも、その炎の前では無力だ。焼かれてしまう!
背中に冷や汗が流れるのを感じながら、静かに言葉を紡ぐ。
「物質界を手に入れる算段が……ついたのです、父上。」
「ほう?」
だからソレを手土産にして戻ってきたのだ、と強く主張すると興味を惹かれたようで、父上の目が煌く。
どうやら燃やされるのは避けられそうだ。
「はい。器に合う器がないのならば、……作ればいいのです。
父上の血と、祓魔師の血を混じ合わせればきっと強い子が生まれます。
その子が成長しきったら憑依してしまえばいいのですよ。
我々にとっての20年程度、瞬きの間ではありませんか。」
薄く笑って、父を挑発的に見やる。
中に居る魂がざわめいた―――自分の肉親である姉が危険に曝されるのを感じて決意が揺らいだか?
しかし私には関係がない。義理は果たした。この魂は食べてしまおう。
思っても見なかった私の”回答”に、暫し思案していた父上だったが、徐々に口の端が上がってきたのを見て、
この考えは受け入れられるだろうと確信した。
「……… やはり、子供たちの中で、お前が一番面白い。」
鬼歯を見せて暗く笑った父上の言葉に冷静には居られず、顔が熱くなる。
まさかそんなことを言われるとは予想もしていなかった。
私は父上の役に立てている!
メフィストにくだらない嫉妬をしたものだ…… 兄弟たちの誰が何をしたっていいじゃないか!
父の退屈が少しでも紛らわされるのなら、それでいい。私の一番は自分じゃない、父上だ。
さて、目当てのユリ・エギンが上手く炙り出されるといいのだけど。
「私が、ですか?」
「あぁ、そうだ。」
悪魔がヴァチカン本部に侵入した事件から一ヶ月、私は任務を言い渡されることがなかった。
枢機卿の娘だからと特別扱いされたのではなく、父が私に任務をさせないように手を回したのだ。
だから、次の任務を言い渡されるときは父に呼び出されるのだろうと予想はしていた。
目の前に居る、ソファーの背もたれに全体重を預けた父から資料を挟んだバインダーを渡されて手に取る。
軽く中を流し見ると、ある地域で人体発火現象が多発していることが記されていた。
確かに被害者は多いが、――― 祓魔師を3人も連れて調査に行くような内容だろうか?
祓魔師はいつだって人手不足、人員不足だ。唯の調査に何人も祓魔師を割くようなマネはしない。
通常2人で当たる任務を1人でこなしている祓魔師だって存在する。
無言で父の顔を伺うと、念を押すように任務内容を口に出された。
「…調査に行くだけだ、悪魔に遭遇した場合は素早く退避すること。」
「私を含め、4人も祓魔師が出向くのにですか?」
なんと可笑しなことを口にするのだろう。悪魔を前に、祓魔師が抗いもせず最初から逃げを選択するなどと。
やはりこの任務はどこか疑問が残る。―――、悪魔付きの子供と対峙してから、父の様子もおかしい。
素直に疑問を口にした。
「ユリ、私は調査へ行って欲しいだけだ。 戦って欲しいわけではない。」
「―――……、わかりました。」
何時もよりも一層険しい視線が私を射抜く。
それでは答えになっていない、と反論する声が出かかるが、目の前に立つ枢機卿は父でもあるが、自分の上司でもある。
きっと、私を特別扱いなどしているのではなく、何か考えがある…また、別の情報を握っているのだろう。
調査をし終えたら討伐の許可を貰いにこの部屋へ訪れればいいだけだ。
準備が出来たら直ぐに立つ、と付け足して返事をし、部屋を後にした。
「これであの子供を避けられればいいのだが…」
自分の捨てた過去のせいで、これほど生命と地位を脅かされるとは思いもしなかった。
何も出来ない哀れな子供であったのに。ヴァチカン内部で悪魔を引き寄せるほどに強い憎悪を抱くまでになるとは…。
メフィストが自分の子供として触れ回っている以上、実は私の子供で私を殺しに来たのだ、
とはとても言い出せない。…… 不要な混乱は、スキャンダルを流しやすい状況を生む。
本当でも嘘でも、火のないところから煙は立たないとヴァチカンは私を処分しにかかるだろう。
今か今かと枢機卿の地位を望んでいるものも大勢居る。気を引き締めなければ―――。
「第一…… 悪魔付きがエギン家から出たと知れれば名が、穢れる。」
あの子供は無かったことになっているのだ。
メフィストを蹴落とすチャンスではある…… しかし、奴は狡猾な悪魔。
子供が悪魔である、のではなく、自分の悪魔の血が入っているのだから悪魔を寄せやすい体質であり、身を守るために
あれほど小さいのに祓魔師の資格を取らせたのだと言い張っている。 確かにその主張、おかしくはない。
子供が悪魔であったことを知っているのは私と、メフィストのみ。
他の祓魔師たちは本部にみすみす悪魔に侵入されたと認めたくはないという心理が働く。誰もが私を怪しむだろう。
此処は口を噤む方が、得策。何、私には権力と財力が味方についている。
あんな子供――、いや、悪魔一匹に何かされたからといってどうにか成るほどの弱い力ではない。
この一ヶ月、様々な対応をとってきた。
常に、全ては私の手のひらの上で起こっていることだ。何も、問題はない。